年末年始はどうしても日本的な事を意識してしまうので、2007年の最後は、好きな邦画を紹介して締めくくりたいと思います。(「武士の一分」は昨日テレビでご覧になった方も多いと思いますが・・・)
映画「たそがれ清兵衛」
藤沢周平の短編時代小説3作を基に山田洋次監督が映画化。山田監督はこれまで、「男はつらいよ」シリーズなど数多くの作品を手掛けてきたが、本格時代劇を扱うのは本作が初めて。幕末に生きた名もない下級武士とその家族の姿を、徹底したリアリズムの中に叙情溢れるタッチで描く。
井口清兵衛は幕末の庄内、海坂藩の平侍。妻を病気で亡くし、二人の娘とボケの進む老母の3人を養っている。生活は苦しく、下城の太鼓が鳴ると付き合いは断ってすぐ帰宅し、家事と内職に励む毎日。そんな清兵衛を同僚たちは“たそがれ清兵衛”と陰で呼んでいた。そんなある日、清兵衛は数少ない親友・飯沼倫之丞から、清兵衛とも幼なじみの妹・朋江が、嫁いだばかりで離縁したことを聞かされる。夫の酒乱が過ぎ見かねた倫之丞が離縁させたのだというのだ。数日後、その朋江がひょっこり清兵衛の家に姿をみせた。
山田監督が自身初となる本格時代劇を手掛けるにあたって取り上げたのは、これほど人々に愛されながら(題材が地味なためか)これまで映画化されることのなかった藤沢周平作品だった。一貫して庶民の心をフィルムに焼き付けてきた山田監督らしいと思うと同時に、従来の時代劇の文法に囚われることなく、新たなアプローチで挑もうとの並々ならぬ意気込みを感じさせる。そして、それが見事に結実した秀作。つつましい中にも幸せを感じ凛として生きる主人公の姿や、もどかしい男女の恋のすれ違いといったものを日常の細やかな描写の中で丹念に描く一方、クライマックスの果たし合いでは、緊張感と迫力みなぎる剣戟シーン(血の滴る音が異様なほどリアルで印象深い)を披露し、“藤沢ワールド”の映像化に見事に成功している。
(allcinema online解説より)
映画「隠し剣 鬼の爪」
山田洋次監督が、前作「たそがれ清兵衛」に続き藤沢周平作品を映画化した本格時代劇。剣豪小説『隠し剣』シリーズの『隠し剣鬼ノ爪』と男女の密やかな愛を描く『雪明かり』という2つの短編を基に、秘剣を伝授された下級武士が、藩のお家騒動に巻き込まれる一方、かつての奉公人との実ることのない恋に心揺れる姿を丁寧な筆致で描く。主演は永瀬正敏と松たか子。
時は幕末。東北の小藩、海坂藩。3年前に母を亡くし、いまだ独り身の下級武士・片桐宗蔵はその日、思いがけぬ再会に胸を痛める。それは、かつて宗蔵の家に奉公に来ていた百姓の娘きえ。伊勢屋に嫁ぎ、幸せに暮らしているものと思っていたきえの姿は、やつれ、あまりにも寂しげだった。数ヵ月後、妹の志乃からきえが病に伏せっていると聞いた宗蔵は、ついに伊勢屋からきえを強引に連れ帰るのだった。日に日に快復していくきえを見て、喜びを実感する宗蔵だったが、そんな時、藩の江戸屋敷で謀反が発覚、首謀者の一人、狭間弥市郎と浅からぬ因縁を持つ宗蔵もこの騒動に深く巻き込まれてしまうのだった。
(allcinema online解説より)
映画「武士の一分」
山田洋次監督による「たそがれ清兵衛」「隠し剣 鬼の爪」に続く藤沢周平原作時代劇の第3弾。小藩の下級武士である主人公が、妻とのつましくも幸せな生活を踏みにじられたとき、一人の男としての尊厳を懸け毅然と立ち上がる姿を描く。主演は木村拓哉、共演に宝塚出身でこれがスクリーンデビューとなる檀れい。
三村新之丞は東北の小藩に仕える三十石の下級武士。剣術の覚えもあり、藩校でも秀才と言われながら、現在の勤めは毒味役。張り合いのない役目に不満を持ちながらも、美しく気立てのいい妻・加代とつましくも笑いの絶えない平和な日々を送っていた。ところが、そんな平穏な生活が一変してしまう。貝の毒にあたった新之丞が、一命は取り留めたものの失明してしまったのだ。絶望し、自ら命を絶とうとする新之丞を、加代は懸命に思い留まらせるのだった。しかし、武士としての勤めを果たせなくなった以上、藩の沙汰次第では生きていくことも叶わない。そこで加代は、嫁入り前からの顔見知りだった上級武士の島田藤弥に相談を持ちかけるのだったが…。
(allcinema online解説より)
どの作品も主人公は下級武士。ごく普通の生活をリアルに描いた点は、山田洋次監督ならでは。派手な殺陣はなく、真剣勝負の中にあるのは静寂と、間のみ。静寂が破られる時、勝負は一瞬にして決する。何度も刀のぶつかる音は聞こえない。北野武監督の映画「座頭市」でも一瞬にして勝負は決する。刀を用いた真剣勝負とは本来こういうものであろう。魅せる殺陣も時代劇の魅力の一つではあるが、この3作品に"魅せる殺陣"はふさわしくない。
生活も含め全てにリアリティがあってこそ作品として成立する。普通の暮らしを普通に描く事は非常に難しい。観客が飽きるからである。飽きさせずに普通に描ける事が、山田洋次監督の作品の素晴らしさではないだろうか?山田洋次監督の作品は以前は嫌いだった。理由は、退屈だったので。歳を重ね、普通に暮らせる事の良さが少しづつ分かってくると、不思議と退屈さは感じなくなり、ほのぼのとした温かい気持ちが生まれるようになってきた。
3作品とも、幸せな日常が壊れる時、大切なものを守るために主人公は戦いに臨む。普段は気づかない普通の日常こそが一番の幸せであり、普通の暮らしは突然壊れてしまう事もある。大義のために戦うのではなくただ普通の暮らしを守るために戦う主人公達がとても素敵に見えるし、それこそが戦う真の理由であるはずである。
時代劇の形式をとってはいるが、人間ドラマとして考えれば、世界中で理解を得る事が出来る普遍的なテーマだと思う。"大切なもののために戦う"世界になって欲しい。私利私欲のために戦争をして欲しくない。関係ない戦争に首を突っ込んで欲しくない。選挙で勝つために戦争をして欲しくない。
2007年の最後に
意味不明な記事も沢山あったと思いますが、読んでいただいた皆さん本当にありがとうございました。来年も色々と紹介したいと思います。その日の気分できっと、雑多な内容になると思いますが、よかったらまたのぞいてください。
皆さんにとって、来年も良い一年になりますように・・・


☆ ネ ッ ト で D V D レ ン タ ル ! ☆ T S U T A Y A D I S C A S ☆

映画「たそがれ清兵衛」
藤沢周平の短編時代小説3作を基に山田洋次監督が映画化。山田監督はこれまで、「男はつらいよ」シリーズなど数多くの作品を手掛けてきたが、本格時代劇を扱うのは本作が初めて。幕末に生きた名もない下級武士とその家族の姿を、徹底したリアリズムの中に叙情溢れるタッチで描く。
井口清兵衛は幕末の庄内、海坂藩の平侍。妻を病気で亡くし、二人の娘とボケの進む老母の3人を養っている。生活は苦しく、下城の太鼓が鳴ると付き合いは断ってすぐ帰宅し、家事と内職に励む毎日。そんな清兵衛を同僚たちは“たそがれ清兵衛”と陰で呼んでいた。そんなある日、清兵衛は数少ない親友・飯沼倫之丞から、清兵衛とも幼なじみの妹・朋江が、嫁いだばかりで離縁したことを聞かされる。夫の酒乱が過ぎ見かねた倫之丞が離縁させたのだというのだ。数日後、その朋江がひょっこり清兵衛の家に姿をみせた。
山田監督が自身初となる本格時代劇を手掛けるにあたって取り上げたのは、これほど人々に愛されながら(題材が地味なためか)これまで映画化されることのなかった藤沢周平作品だった。一貫して庶民の心をフィルムに焼き付けてきた山田監督らしいと思うと同時に、従来の時代劇の文法に囚われることなく、新たなアプローチで挑もうとの並々ならぬ意気込みを感じさせる。そして、それが見事に結実した秀作。つつましい中にも幸せを感じ凛として生きる主人公の姿や、もどかしい男女の恋のすれ違いといったものを日常の細やかな描写の中で丹念に描く一方、クライマックスの果たし合いでは、緊張感と迫力みなぎる剣戟シーン(血の滴る音が異様なほどリアルで印象深い)を披露し、“藤沢ワールド”の映像化に見事に成功している。
(allcinema online解説より)
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映画「隠し剣 鬼の爪」
山田洋次監督が、前作「たそがれ清兵衛」に続き藤沢周平作品を映画化した本格時代劇。剣豪小説『隠し剣』シリーズの『隠し剣鬼ノ爪』と男女の密やかな愛を描く『雪明かり』という2つの短編を基に、秘剣を伝授された下級武士が、藩のお家騒動に巻き込まれる一方、かつての奉公人との実ることのない恋に心揺れる姿を丁寧な筆致で描く。主演は永瀬正敏と松たか子。
時は幕末。東北の小藩、海坂藩。3年前に母を亡くし、いまだ独り身の下級武士・片桐宗蔵はその日、思いがけぬ再会に胸を痛める。それは、かつて宗蔵の家に奉公に来ていた百姓の娘きえ。伊勢屋に嫁ぎ、幸せに暮らしているものと思っていたきえの姿は、やつれ、あまりにも寂しげだった。数ヵ月後、妹の志乃からきえが病に伏せっていると聞いた宗蔵は、ついに伊勢屋からきえを強引に連れ帰るのだった。日に日に快復していくきえを見て、喜びを実感する宗蔵だったが、そんな時、藩の江戸屋敷で謀反が発覚、首謀者の一人、狭間弥市郎と浅からぬ因縁を持つ宗蔵もこの騒動に深く巻き込まれてしまうのだった。
(allcinema online解説より)
![]() | 隠し剣 鬼の爪 (2007/06/29) 永瀬正敏、松たか子 他 商品詳細を見る |
映画「武士の一分」
山田洋次監督による「たそがれ清兵衛」「隠し剣 鬼の爪」に続く藤沢周平原作時代劇の第3弾。小藩の下級武士である主人公が、妻とのつましくも幸せな生活を踏みにじられたとき、一人の男としての尊厳を懸け毅然と立ち上がる姿を描く。主演は木村拓哉、共演に宝塚出身でこれがスクリーンデビューとなる檀れい。
三村新之丞は東北の小藩に仕える三十石の下級武士。剣術の覚えもあり、藩校でも秀才と言われながら、現在の勤めは毒味役。張り合いのない役目に不満を持ちながらも、美しく気立てのいい妻・加代とつましくも笑いの絶えない平和な日々を送っていた。ところが、そんな平穏な生活が一変してしまう。貝の毒にあたった新之丞が、一命は取り留めたものの失明してしまったのだ。絶望し、自ら命を絶とうとする新之丞を、加代は懸命に思い留まらせるのだった。しかし、武士としての勤めを果たせなくなった以上、藩の沙汰次第では生きていくことも叶わない。そこで加代は、嫁入り前からの顔見知りだった上級武士の島田藤弥に相談を持ちかけるのだったが…。
(allcinema online解説より)
![]() | 武士の一分 (2007/06/01) 木村拓哉、檀れい 他 商品詳細を見る |
どの作品も主人公は下級武士。ごく普通の生活をリアルに描いた点は、山田洋次監督ならでは。派手な殺陣はなく、真剣勝負の中にあるのは静寂と、間のみ。静寂が破られる時、勝負は一瞬にして決する。何度も刀のぶつかる音は聞こえない。北野武監督の映画「座頭市」でも一瞬にして勝負は決する。刀を用いた真剣勝負とは本来こういうものであろう。魅せる殺陣も時代劇の魅力の一つではあるが、この3作品に"魅せる殺陣"はふさわしくない。
生活も含め全てにリアリティがあってこそ作品として成立する。普通の暮らしを普通に描く事は非常に難しい。観客が飽きるからである。飽きさせずに普通に描ける事が、山田洋次監督の作品の素晴らしさではないだろうか?山田洋次監督の作品は以前は嫌いだった。理由は、退屈だったので。歳を重ね、普通に暮らせる事の良さが少しづつ分かってくると、不思議と退屈さは感じなくなり、ほのぼのとした温かい気持ちが生まれるようになってきた。
3作品とも、幸せな日常が壊れる時、大切なものを守るために主人公は戦いに臨む。普段は気づかない普通の日常こそが一番の幸せであり、普通の暮らしは突然壊れてしまう事もある。大義のために戦うのではなくただ普通の暮らしを守るために戦う主人公達がとても素敵に見えるし、それこそが戦う真の理由であるはずである。
時代劇の形式をとってはいるが、人間ドラマとして考えれば、世界中で理解を得る事が出来る普遍的なテーマだと思う。"大切なもののために戦う"世界になって欲しい。私利私欲のために戦争をして欲しくない。関係ない戦争に首を突っ込んで欲しくない。選挙で勝つために戦争をして欲しくない。
2007年の最後に
意味不明な記事も沢山あったと思いますが、読んでいただいた皆さん本当にありがとうございました。来年も色々と紹介したいと思います。その日の気分できっと、雑多な内容になると思いますが、よかったらまたのぞいてください。
皆さんにとって、来年も良い一年になりますように・・・
☆ ネ ッ ト で D V D レ ン タ ル ! ☆ T S U T A Y A D I S C A S ☆
関連タグ : 山田洋次,
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シネマニュース バグダッド国際映画祭 短編映画『Dance and the art of encounters』がグランプリ受賞≫
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